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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)7203号 判決

原告 新光モータース株式会社

被告 国

訴訟代理人 鰍沢健三 外四名

主文

原告の請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金二三〇万円とこれに対する昭和二九年五月一日から支払済に至るまで年六分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求める旨申立て、その主たる請求の原因として、

(一)  原告は自動車の中古品の売買及びこれに附帯する業務を営む株式会社であるが、原告の使用人である訴外西原広之は原告の代理人として、被告(防衛大学校、当時は保安大学校と称していた)の職員であつて、その代理人である訴外早坂稔との間に、昭和二九年三月一五日、ビユツク五三年型スペツシヤル乗用自動車一台(以下本件自動車という)を代金二三〇万円その支払期日同年四月三〇日と定めて被告に売渡す契約を結び同日本件自動車を被告に引渡したのに、被告はその代金を支払わない。

(二)  仮に早坂稔に被告を代理して前記売買契約を締結する権限がなかつたとすれば、同人は当時保安大学校総務部会計課予算係長の職に在り同係が支出負担行為担当官の事務及び官印の管守に関する職務をつかさどることは同大学校事務分掌規程第七条に明記してあるところであるから同大学校においては、一般人に対し、同大学校のために物品を購入する行為をする権限を右予算係長に与えてある旨を表示しているものというべく、西原広之が前記売買契約を締結するに当り早坂が上叙権限を有するものと信じ、且かく信ずるにつき過失はないものであるから被告は原告に対し前記売買代金を支払うべき責任がある。

(三)  仮に前項の主張が容れられないとしても、早坂には保安大学校(被告)のため一定の範囲内において物品を購入する権限を有していたものであり、前記売買契約の締結がその権限を越えてなされたものとしても西原広之は早坂に上叙権限があるものと信じて右売買契約を結んだものであつて、かく信ずるについては次に示すような正当事由があつたものであるから何れにしても被告は前記売買代金支払の責任を免れるものではない。

1、早坂は西原に対して本件売買契約締結に当り次の書類を交付した。

イ、保安大学校支出負担行為担当官保安大学校総務部長曽我孝之、物品供給者太陽産業株式会社取締役会長横川峰子の記名捺印のある契約書一通

ロ、同大学校会計課長の捺印、会計担当官早坂稔の記名捺印のある同大学校発行の太陽産業株式会社宛自動車売買代金額面二三〇万円の支払証明書一通

ハ、同大学校会計課長の捺印ある同大学校発行に係る太陽産業株式会社並に取締役会長横川峰子の印鑑証明書一通

ニ、本件売買代金領収に関する太陽産業株式会社の原告会社に対する委任状一通

2、本件自動車売買の交渉は、昭和二九年三月一三日保安大学校において行われたものであるがその際同大学校総務部管理課員で自動車の維持管理、及び配車に関する事務を担当する二等保安士葉原暹は本件自動車を運転して同大学構内を廻り性能試験を行い、西原に対してラジオを取付けること等の指示を与えたこと。

3、前示売買の交渉及び契約の締結は何れも同大学校の校長室において公然と行われ、且つ早坂、葉原の行動を同大学校の職員は何人といえどもこれを阻止しようとしなかつたこと。

4、本件自動車は同大学校において物品受領の権限を有する葉原暹により受領され、同人より同大学総務部管理課二等保安士暹の記名捺印のある右自動車の受領証を原告代理人西原に交付したこと。

5、本件自動車引渡の際、早坂の要求により東京都港区赤坂支所発行の原告宛仮運転許可番号及び許可証を貸与した。元来この許可は四日間しか効力がないものであるがその後同人の求めにより四回にわたり原告においてその書替手続を経由してこれを同人に交付したこと。

6、本件自動車の売買に際し、早坂は西原に対し「この車は校長の乗用に供するものであるが、現在大学では自動車を購入する予算が計上されていない関係で、隊員用のベツトを購入するのを延期してその予算を以て右自動車代金に充てることにしたから代金支払の時期はそのやりくりのため四月三〇日にしたものである。」と説明したこと。

7、早坂は同大学校総務部会計課長の印顆を所持していたこと。

(四)  そこで原告は被告に対し本件自動車売買代金二三〇万円及びこれに対する代金支払期限の翌日である昭和二九年五月一日から右支払済まで商事法定利率である年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、

予備的請求原因として

(五)  仮に上叙の主たる請求が容れられないとしても、被告(保安大学校)がその職員たる葉原を通じて原告代理人西原から交付を受けて占有するに至つた本件自動車の占有はなんら正当の権限に基くものでないから原告はその所有者として右自動車の返還を求める権利を有する。しかるに保安大学校の職員早坂、葉原両名は右の情を知りながら昭和二九年三月二五日頃右自動車を第三者に引渡してしまつたので被告の原告に対し右自動車を返還すべき義務は履行不能に陥つた。

右履行不能は被告の職員であつて補助者というべき右両名の故意に基く所為に因つて生じたものであるから被告は原告に対し右履行に代る損害賠償をなすべき義務がある。

(六)  そこで被告に対し予備的に、履行に代る損害賠償として本件自動車の価格金二三〇万円とこれに対する昭和二九年五月から支払済に至るまで商事法定利率たる年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、被告指定代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として次のように述べた。

(原告の請求原因に対する認否)

(一)項のうち原告の業務は不知、その余の事実は否認する。

(二)項のうち早坂の当時の地位及びその職務が原告主張のとおりであることは認める。その余の点は否認する。

(三)項の冒頭の事実は否認する。

(三)項の1ないし7項の事実については、葉原が昭和二九年三月当時保安大学総務部管理課勤務の二等保安士であつたことは認めるが、同人の分担する事務は管理課のうちの武器係として車輌の維持管理、配車、車輌物品の購入修理に関する請求事務であつて物品を受領する権限はない。

早坂、葉原が原告に対し如何なる言動をなしたかについては被告の知るところでないが仮りに同人等が原告主張の如き言動をなしたとしてもこれを以つて原、被告間に本件自動車購入契約が成立したものとはいえない。

なお原告が早坂から受領したと主張する各公文書はいずれも早坂の偽造にかかるものである。

(五)項は否認する。被告(保安大学校)は本件自動車の占有を取得したことは全然ない。

(主張)

別紙準備書面のとおり。

三、原告訴訟代理人は被告の右主張に対して次のように述べた。

(一)  被告は本件官動車の売買は原告と訴外太陽産業株式会社との間に為されたもので、被告の関知せざる処であると主張する。なるほど形式上は右自動車は原告から右訴外会社を通じ売主として同会社名義で被告(保安大学校)に売渡したもののようになつているが、これは被告においては物品を購入する場合、登録商人でなければ納品することができない取扱になつているため早坂の要求で、手続の便宜上の措置として書類の上で同会社と被告との売買にしたものにすぎず、実質上の売主が原告であることは早坂においても充分承知していたところであり、さればこそ自動車代金は被告より直接原告において受領できるように早坂の指示により太陽産業株式会社の原告に対する本件自動車代金領収に関する委任状が横川峰子により原告に交付されたものである。

(二)  被告は「物品購入に当つて商人と交渉するのは支出負担行担当官自らはせず部下職員をしてなさしむることもあるがそれは単なる補助者としてであつてその者が上司より命ぜられた事項の範囲内に於てその者のなした行為は即ち権限ある上司の行為となるが、上司より命ぜられた事項の範囲を逸脱したときはその行為はもはや上司の行為ではない。」そして「早坂は物品購入に関する事務は命ぜられていない。」と主張するが、第三者が官庁の支出負担行為担当官の部下職員と交渉する場合に、個々の交渉が上司の命令であるかどうか命令の範囲を逸脱していないかを確めなければ何時「その取引は無効である。」と言われるか分らないとすれば極めて不安定なものであつて取引の相手方を無視した暴論である。

四、証拠関係〈省略〉

理由

一、(本件自動車売買の概要)-判断の前提となる事実関係- 証人早坂稔(第一、二回)堂本千鶴子の各証言により早坂と堂本において偽造したものと認められる甲第一ないし第三号証、証人堂本の証言により真正に成立したと認めうる甲第四号証、成立に争いのない甲第五号証、乙第一ないし第三号証、乙第四号証の一ないし一一(同号証中八、九を除く)乙第五号証の一ないし三、第六号証の一ないし一六、第七号証の一、二、第八号証証人西原広之、早坂稔(第一、二回)葉原暹、堂本千鶴子、曽我孝之、秦勲の各証言並に原告代表者本人尋問の結果(後記信用できない部分を除く)を綜合すると、本件の経緯及び早坂、葉原の職務関係は次のようなものであると認めることができる。

(一)  訴外横川峰子こと堂本千鶴子は同人が実権を握る訴外太陽産業株式会社の取締役会長をしていたが、昭和二九年二月下旬頃かねて知り合いの仲であつた訴外早坂稔が保安大学校(現在の防衛大学)総務部会計課予算係長をしているのを偶然知るに及んで次のような計画を考えた。すなわち、当時堂本は、個人にしても右会社にしても自動車の売買をして利益をはかるだけの資金も信用もなかつたのであるが、保安大学校に納入する自動車を求めているのだといえば、一般の人は官庁の信用を重んじているから比較的低廉でその上、代金の支払期限が引渡時から若干後になつても容易に自動車の売却を承諾するに違いない。かように巧く欺罔して自動車を購入してこれを転売して保安大学校からの代金支払期日に上記売得金をもつてあたかも同大学から支払われたもののように装つて自動車の売主に支払えば訴外会社はなんら自己資金を要せずして容易に自動車の転売による利益を収めることができ、かつこのからくりは右売主にも保安大学校にも気付かれず済むと。

そこで堂本は同年三月始め頃その計画を早坂に打開け、保安大学校において真実自動車を購入するもののように装つて堂本と協力して自動車の売主を欺罔する行動をとつてほしいと右計画の加担を求めたところ、早坂も従来の行きがかり上これを承諾した。ただ万一堂本において転売が失敗し予定の売得金が得られない事態が生じた場合直接保安大学校に対してその責任を追求されることは早坂としても困るので、売買は、自動車所有者から直接保安大学校において購入する契約でなく、太陽産業において自動車所有者から一たんこれを購入した上、太陽産業がこれを保安大学校に売渡す方法によることを決めた。

よつて、堂本は間もなく自動車の売主として訴外杉浦忠男を見付け、一方早坂は同僚の当時保安大学校総務部管理課武器係葉原暹が自動車にくわしいので同人を誘つて右計画に加担させ、ここに右三名は前記杉浦方に赴き、同人所有の車の中からビユツク五三年型スーパー乗用自動車一台とオールズモビール五一年型乗用自動車一台を選出した。更に堂本と早坂は同月一三日頃、保安大学校の物品購入用の契約書用紙一枚にほしいままに契約金額三八〇万円、品名欄にビユツク五三年型一台及びオールズモビール五一年型一台、納品場所保安大学校、納期限昭和二九年三月一五日と記載し、保安大学校支出負担行為担当官の下部に保安大学校総務部長曽我孝之の氏名を冒書し、その名下に早坂が職務上保管している保安大学校負担行為担当官の職印を押捺し、物品供給者欄に太陽産業株式会社取締役会長横川峰子の記名捺印をなして、保安大学校支出負担行為担当官曽我孝之と太陽産業取締役会長横川峰子との間に右自動車二台の売買契約を締結する旨の契約書一通と、支払証明と題して保安大学校会計課長の職印の押捺及び会計担当官(保安大学校にはかかる職名はない)早坂稔の記名捺印のある太陽産業宛自動車代金三八〇万円の支払証明書一通並びに保安大学校会計課長の職印の押捺ある太陽産業並びに取締役会長横川峰子の各印鑑が同課に届出ある印鑑である旨の証明書一通を偽造し、同日杉浦がオールズモビール一台を引渡のために保安大学校に運転して来たときに右偽造にかかる各書類をあたかも真正に作成されたもののように装つて杉浦の面前で早坂から堂本に手交し、堂本はこれに売買代金領収に関する太陽産業から杉浦に対する委任状一通を添えて杉浦に渡し杉浦は右自動車を葉原に引渡した。ところで残りビユツク一台も同月一五日に引渡をする予定のところ、堂本と杉浦との間に介在した自動車ブローカーが杉浦に仲介手数料を早速請求したが同人の感情を害し右ビユツク一台の納入は取止めになつた。そこで堂本は早坂とともにオールズモビール一台一五〇万円についての前記各書類と同一内容のものを更に偽造してこれを杉浦に差入れ、同人からさきに交付した前記二台分の契約書等の書類の返戻を受け改めてビユツク五三年型の売主を探したところ原告会社が該自動車を所有していることを知り同月二〇日頃原告会社社員西原広之を通じ同社代表取締役羽鳥栄七に対し、太陽産業において保安大学からビユツク五三年型一台の発注を受けているからその自動車として二一〇万円でそれを買いたい旨申込んだところ、羽鳥は値段については了承するができれば保安大学校との直接契約にしたいという意向であつたが、その点は保安大学校の契約担当者と交渉してみた上ということにして一応内諾した。よつて堂本は同日保安大学校に見せるためと称して前記西原に該車を運転せしめ自らもこれに同乗して同校に赴いた。(同日(土曜日)午後三時頃到着)堂本は西原より一足先に早坂に会い、事の次第を告げ保安大学校において真実太陽産業から買受けるように西原を欺いてくれと頼み、早坂は、これを了承して西原を同校応接室に案内し、同人に対し自分は自動車を購入する担当官だが車のことは判らないからその方の担当官に見てもらおうと告げ、葉原にその旨架電した。間もなく葉原が来て右自動車に試乗して同大学構内で性能検査を行い、西原に対しラジオを取付けること等の指示を与えた。なお右応接室における早坂との交渉の席上、西原は右自動車は原告会社の所有のものであるからぜひ直接原告会社との間に購入契約を結んでほしい旨要望したが早坂は、堂本とのかねての計画通り、これを拒絶し大学としては太陽産業のような登録業者でなければ物品を購入することができない仕組になつている旨虚構の説明をなし太陽産業を通じてでなければ購入できない。なお代金の支払期日は昭和二九年四月三〇日にしたいと述べた。西原はこれを了承したが正式の回答は、帰社した上する旨述べて一旦原告会社に帰り、代表取締役の羽鳥に対し交渉の経過を報告したところ、羽鳥は「自動車が原告会社の所有であることと原告会社が太陽産業から未だ自動車売買代金を受取つていないことを大学側が知つていて、支払期日に確実に代金が原告会社に入手できるようにすればそれでよい」と述べて早坂の申し出た太陽産業を通じて右自動車を保安大学校に納入するということに応ずることにした。(西原も羽鳥も、当時早坂に自動車購入契約締結権限あるものと信じていた。そして同月二二日頃(月曜日)西原は堂本を同乗して右自動車を納入するためにこれを運転して保安大学校に赴き、同日午後六時頃同大学校内で葉原に右自動車を引渡した。(西原は葉原に受領権限があるものと信じていた。)なおその際葉原は保安大学校総務部管理課二等保安士葉原暹の記名押印のある太陽産業宛の仮受領書(甲第四号証)を西原に交付した。右引渡が終つて西原は堂本よりさきに堂本が杉浦から返戻を受けて所持していたビユツク五三年型一台とオールズモビール五一年型一台代金三八〇万円の契約書等の書類を見せられたが原告会社代表取締役羽鳥より原告会社の納入分(ビユツク五三年型一台代金二三〇万円)についてだけの契約書類にしてほしいと要請があつたのでその旨堂本に伝えた。よつて堂本は早坂と共同してその頃保安大学校の物品購入用の契約書用紙にほしいままに契約金額二三〇万円、品名欄にビユツク一台、納期限昭和二九年三月二〇日と記載したほかは前出のものと同一の契約書一通(甲第一号証)ビユツク五三年型スペシヤル乗用自動車一台金額二三〇万円、支払期日昭和二九年四月三〇日と記載したほかは前出のものと同一の支払証明書一通(甲第二号証)並びに前出のものと同一内容の印鑑証明書一通(甲第三号証)を偽造し、これに太陽産業から原告会社に対する売買代金受領に関する委任状一通(甲第四号証)を添えて本件自動車の引渡後数日を経て原告会社に交付した。なお本件自動車は葉原において西原から引渡を受けた当日これを運転して一たん自宅に保管した後数日を経て堂本に引渡した。

(二)  保安大学校において物品購入の権限は支出負担行為担当官として任命されたもののみこれを有し、当時は同大学校総務部長曽我孝之だけがその職にあつた。当時における同大学の自動車等の物品購入の手続は、まず総務部管理課用度係から調達請求が出されると同部会計課予算係においてそれが予算の目的に合致するか予算の範囲内であるかを調査した上同部会計課長を通じて総務部長に上申される。総務部長の購入の決裁が下れば同部会計課調達係において会計法、予算決算及び会計令に則る手続を経て契約締結の段階になると契約書の文案を作成し、支出負担行為担当官(総務部長)が契約締結の意思表示をなす。それが終ると、調達係では発注済通知書と検収に必要な資料を用度係に廻す。用度係では各専門の技術者を立合せて検査をした上購入物品を受領し、検収調書を作成して納品書とともに調達係を経由して総務部会計課出納係に提出される。出納係では業者から納品書、請求書の提出があると、前記書類と照合した上代金の支払をするという仕組になつていた。

当時保安大学校における早坂の職務は、同大学校支出負担行為担当官の事務(これは前記調査事務と予算差引の事務である。)及び官印の管守に関する事務、予算の編成、配分、支出負担行為計画等に関する事務、予算執行の監督及び会計の監督に関する事務に限られていて物品購入についてはその権限はもとよりのことその事務を担当するものではなかつた。(上叙の事務は調達係の担当である。)

又当時保安大学校における葉原の職務は、車輪の維持、管理及び配車の事務に限られていて、三購入物品の検査及び受領の権限はもとよりのことその事務を担当する者ではなかつた。(上叙の事務は用度係の担当である。)

以上のとおり認めることができ、前掲各書証、各証言、代表者本人尋問の結果中には右認定に副わない部分もあるけれども、これらの部分はいずれも信用できない。

二、(本件自動車の売買は原告と被告との間に成立したものか)以上の事実関係の下において考えると、早坂の行為が被告(保安大学)に効力が及ぶか否かの点(これは代理の効力の問題である。)は別論として、本件自動車の売買契約は早坂と訴外太陽産業株式会社取締役会長堂本との間に成立しているもの-従つてその前提として原告と太陽産業との間に-成立しているものと認めざるをえない。

原告は契約書等の書類上において売主を太陽産業としたのは保安大学校の手続上の便宜のための形式的措置にすぎず、実質上の売主が原告会社であることは早坂も充分承知していたものであると主張するが、なるほど本件自動車の所有者が原告会社であることは早坂の了知していたところであるが早坂も堂本においても保安大学校の直接の取引の相手を太陽産業とし原告を直接の取引の相手方としなかつたことは当初の計画に基きかかる効果の生ずることを欲したからに外ならず、原告会社においても、直接早坂と契約の締結することを望んだのであるが早坂の拒絶にあい、前記の如き契約の締結にあまんじた点に照しても右の主張が理由に乏しいことは明かであろう。

三、(被告は本件自動車の占有を取得したか)

一定の物について占有を取得したといいうるためには、社会観念上その人の事実的支配に属するものと認められる客観的関係にあること(所持)を必要とする。法人の所持の場合にはすべて自然人の現実の所持行為によらなければならないわけであるが、右自然人の所持をもつて法人の所持といいうるためには、少くともその所持の外形上その自然人(機関)が職務としてそれを所持する関係になければならない。

本件の場合についてこれを見るに、本件自動車は保安大学校において正規の契約によつて納入されたものではなく、堂本、早坂、葉原の詐欺行為により保安大学校の購入物品の受領の権限及び職務を有しない葉原において西原から引渡を受けたものであつて(しかも引渡当日葉原はこれを自宅に運んだもの)右葉原の右受領行為は外形上から見てもその職務行為の範囲内と認められないこと明かであるから、たまたま右引渡が保安大学校の構内においてなされたとしても、被告(保安大学校)において右自動車の占有を取得したものということはできない。

四、(むすび)

以上の次第で、原告の主たる請求は、被告との間に直接の売買契約のあることを前提とするものである以上、失当といわざるをえず、又予備的請求も被告が本件自動車の占有を取得したことを前提とする以上これ又失当といわざるをえない。

よつて、原告の請求はいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のように判決する。

(裁判官 水谷富茂人)

(別紙)準備書面

原告請求原因の要旨は、第一に原告の使用人たる西原広之は被告(防衛大学校、当時は保安大学校と称していた)の職員であつて、被告のために物品購入の権限ある訴外早坂稔との間に、昭和二九年三月一五日、原告を売主、被告を買主とするビユツク五三年型スペツシヤル乗用自動車一台を代金二、三〇〇、〇〇〇円で売渡す契約をなし、即日これを被告の職員であつて物品受領の権限ある訴外葉原暹に引渡したに拘らず、被告はその代金を支払わないから、その支払を求めるものであるといい、第二に仮りに右早坂に被告のために物品購入の権限がなかつたとしても、原告には同訴外人に物品購入の権限ありと信ずるについて正当事由があつたものであるから、被告は前記売買代金支払の責任があると主張し、第三に仮りに被告に右売買代金支払の責任なしとするならば、被告はその職員たる訴外葉原邊を通じて所持するに至つた原告所有の前記自動車は、これを原告に返還すべき義務があるのに、これを喪失し返還不能となつたものであるから、履行にかわる損害賠償として金二、三〇〇、〇〇〇円の支払を求めるというにある。

よつて、被告は、右原告主張の順序に従い、被告の見解を述べ、原告の主張が理由のないものであることを明らかにする。

第一、原告と被告との間に、ビユツク五三年型スペツシヤル乗用自動車一台の売買契約はない。右自動車の売買は原告を売主とし、訴外太陽産業株式会社を買主として、右両者間に成立したものなのである。

(右売買の動機)右売買は訴外太陽産業株式会社の取締役会長をしていた訴外堂本千鶴子(横川峰子とも称していた)が、右会社の資金を作るために原告より被告に納入するものだと偽つて買受けたものなのである。訴外太陽産業株式会社が右売買の当時設立登記を経ていたものであるか否かは詳にしないが、同会社は所謂幽霊会社であつた。同会社は物品販売を目的とし、資本金二千万円或は三百万円というが、実際には無一文で、しかも訴外堂本千鶴子の一人会社だつたのである。(訴外太陽産業株式会社が訴外杉浦忠男から騙取した乗用自動車オールズモビール五一年型一台の賠償金三〇万円について、堂本はそのうち金一五万円しか支払つていない事実からしても、上記の事を窺い知るに充分である。乙第六号証の六、四八四丁、乙第六号証の十一、五一二丁参照)。そこで堂本千鶴子としては、何とかして右会社の運転資金を調達する必要があり、それも約三百万円程度を目標としたものらしい(乙第六号証の二、三六六丁。乙第六号証の三、三八八丁。乙第六号証の五、四二二丁。乙第六号証の七、四九〇丁以下参照)。この金の調達方法として堂本千鶴子の考えたところは以下のとおりであつた。訴外太陽産業株式会社が官庁に納める物品を購入するということになれば、官庁からの支払を以て右より左に支払うという約束にすることができ、売主も官庁の信用を重んじるため同会社の資産状態を調査することもなく、従つて又名義の如何を問わず契約保証金等を全く差入れることを要せずに、安く、しかも代金の支払期限も猶予してくれることと思われる。そして、右代金の支払猶予期間中に購入した物品は他に有利に転売し、その売得金をもつて、あたかも官庁より支払われたもののようにして買受代金を決済する。このようなことを繰りかえすことによつて容易に所要の資金を作ることが出来ると(証人葉原暹証言調書第一五項。証人早坂稔第二回証言調書第一一項。乙第六号証の二、三六六丁。乙第六号証の三、三九四丁。乙第六号証の五、四二六丁。乙第六号証の六、四七二丁。乙第六号証の七、四九二丁。乙第六号証の一三、五一八丁。乙第七号証の二、六九八丁。)。

(自動車売買契約のからくり)堂本千鶴子としては右のような計画を実行するためには、官庁に勤めている者の協力がなければならない。その協力者として選ばれた者が、外ならぬ当時保安大学校総務部会計課予算係長をしていた訴外早坂稔だつたのである。早坂としては何故に右堂本の計画に参加する気になつたか、その動機はしかくはつきりしないが、ともあれ右堂本の計画によれば自動車の所有者と保安大学校の間に訴外太陽産業株式会社が介在し、同訴外会社が一たんこれを購入した上、保安大学校に売る形式をとろうとするものであつたから、万一訴外太陽産業株式会社において転売をしくじることがあつても、保安大学校に責任はなく、早坂自身も責任をのがれることが可能だと考えたためであつた(証人早坂稔第二回証言調書第一八項。乙第六号証の三、三九三丁。乙第六号証の六、四七三丁。乙第六号証の一二、五一八丁)。

ここにおいて堂本は、同人をとりまいていた朝鮮人の高木等を使つて、自動車の売主訴外杉浦忠男をみつけ出し、一方早坂は、同僚たる保安大学校総務部管理課武器係の訴外葉原暹が自動車のことにくわしいために、これを誘つて右計画に加担させ、昭和二九年三月初、右三名は同道して前記杉浦方に赴き、同人所有の自動車の中からビユツク五三年型スーパー一台代金二、二五〇、〇〇〇円相当と、オールズモビール五一年型一台代金一、四五〇、〇〇〇円相当の二台を選び出した。そしてこの二台の自動車が訴外太陽産業株式会社を経て保安大学校に納入されるものであるかのように杉浦を誤信させるために、三月一三日頃早坂と堂本は、保安大学校の物品購入用紙一枚に契約金額三、八〇〇、〇〇〇円品名欄に、ビユツク五三年型一台及びオールズモビール五一年型一台、納期限昭和二九年三月一五日と記載した外は甲第一号証と同一内容の契約書一通と、保安大学校の事務用の全罫用紙に支払証明と題して乗用自動車オールズモビール五一年型一台、ビユツク五三年型一台、一金三、八〇〇、〇〇〇円の記載の外は甲第二号証と同一内容の記載ある支払証明書一通並びに保安大学校の事務用半罫紙に印鑑証明と題して甲第三号証と同一内容の印鑑証明書一通をそれぞれ偽造し、杉浦がオールズモビール一台の引渡のために保安大学校に来たときに、杉浦の面前で、右偽造の書類を早坂から堂本に手交し、堂本は、これに甲第四号証と同一内容の委任状一通を添えて杉浦に渡して同人を安心させた上、オールズモビール一台を堂本に引渡さしたのであつた。この点に関し、堂本は、証人として、早坂が予算係長であつたことから、保安大学校の自動車を購入する権限を有するものと考えておつたし、堂本自身保安大学校に自動車を納入する積りであつたかの如く供述しているが(証人堂本千鶴子証言調書第六項)、一係長に官庁における物品購入の権限などがありうべきでないことは見易き道理であるから、早坂に物品購入の権限があるものと考えたという点は既に信用できないものであることは明らかであるが、この点はしばらくおき、堂本が保安大学校に納入する積りであつたという供述については、堂本が最初早坂に会つた際、早坂において、百四、五十万円程度の自動車一台ならば或は運動して保安大学校で買うという事もできるかも知れないと言つていたというのであるから(証人堂本千鶴子証言調書第一八項。乙第六号証の六、四七二丁。)、それならば、訴外杉浦忠男から同人が三月一三日頃に購入した代金一、四五〇、〇〇〇円のオールズモビール五一年型一台について、保安大学校以外に買手を探すというが如きこと(乙第六号証の六、四八四丁。乙第六号証の一一、五一〇丁。)は、自家撞着も甚しく、前記供述は到底信を措き難いものである。又早坂も、証人として自分自身は保安大学校における物品購入の係りではないが、百四、五十万円程度の乗用自動車一台ならば、同校の支出負担行為担当官に働きかけて、購入の段取りまでもつて行ける見込もあつたと供述しているが(証人早坂稔第一回証言調書第三七項。同証人第二回証言調書第一〇項。)、これまた信用できない。なぜならば、早坂に真実その積りがあるならば、訴外杉浦忠男からオールズモビール一台を訴外太陽産業株式会社が入手した三月一三日頃より同校の支出負担行為担当官たる総務部長の訴外曽我孝之に働きかけるべきであるのに、同人が、その運動を始めたのは、訴外太陽産業株式会社が右自動車を他に転売すべく清掃して東京都内を運行中に売主たる杉浦にみつけられ、右の事実が曝れた四月二五日以後の五月一一日頃であつたこと(証人曽我孝之証言調書第一八項。証人泰勲証言調書第一七、一八項。乙第四号証の三、七一丁。乙第四号証の四、七五丁。)に照らしても、その運動なるものが、自己の犯行の隠蔽のために外ならないことを看取しうるからである。ましてや堂本の行為が訴外杉浦忠男と保安大学校との間の自動車売買の仲介にあたらないことは、以上の経緯から明らかなところである。

(原告所有の自動車売買のからくり)右のように、堂本は杉浦と三月一三日頃、ビユツク五三年型スーパー一台金二、二五〇、〇〇〇円、オールズモビール五一年型一台金一、四五〇、〇〇〇円の売買契約を締結し、同日オールズモビール一台の引渡を受け、残りビユツク一台も同月一五日に引渡を受ける手はずのところ、前記堂本の取巻きである訴外高木等が、杉浦、太陽産業株式会社間の自動車売買を仲介したことを理由に、早速杉浦方に手数料を請求したため、杉浦は、自分の自動車代金も決済されないうちに手数料を請求されたことを不快として、ビユツク一台の納入を破約するに至つた。そうすると堂本も折角予定した自動車二台分の利益を獲得しえないし、堂本の取巻連中もおもわくが外れたこととなるため、杉浦以外に、前記ビユツクと同程度の自動車をみけるべく奔走し、ここに原告所有のビユツク五三年型スペツシヤルが登場してくるに至つたのである。

堂本及びその取巻連中は、勿論、保安大学校と太陽産業株式会社との間に、自動車二台金額三、八〇〇、〇〇〇円の売買契約が成立していることを吹聴した。そして保安大学校より代金の支払あり次第、これをもつて売主に支払うものであつて、商売の確実なることを強調したのである。また更に、さきに杉浦との売買の際に作成せられた保安大学校と太陽産業株式会社間の自動車売買に関する偽造の契約書、支払証明書、委任状をも呈示して、相手方を信用せしめることに努めた。右偽造の契約書等は、杉浦からオールズモビール一台が、堂本に引渡された際、前述したように早坂から堂本に、そして堂本から更に杉浦の手に渡されたものであつたが、杉浦が契約自動車二台のうちの一台ビユツクスーパーの納入を破約した時に、堂本において書換と称して、オールズモビール五一年型一台金一、五〇〇、〇〇〇円その他は甲第一、二、四号証と同一内容の契約書等を早坂と共謀の上作成して、これを杉浦に差入れそれと引替に返還をうけて所持していたのである。もつとも堂本が杉浦から右契約書等の返還を受けた日時は判然としない。原告の使用人である訴外西原広之は右契約書をビユツク五三年型スペツシヤル一台を保安大学校で引渡す前に、堂本からみせてもらつたというのであるから、遅くとも右西原がビユツク五三年型スペツシヤル一台を保安大学校にみせに行く頃には、右契約書等は堂本において杉浦から返還を受けていたものであることは確かである。(乙第四号証の五、〇一丁。乙第四号証の六、一〇四丁。乙第四号証の一〇、一二一丁。乙第五号証の二、二五四丁。乙第五号証の三、二六六丁。乙第六号証の七、四九六丁。)。ところで原告の使用人西原が自動車を保安大学校にみせに行つたという日であるが、証人西原、及び原告代表者羽鳥は三月一三日土曜日であつて、同月一五日に納入したものであるといい、又証人葉原も同趣旨の供述をなし、なお右葉原の作成した甲第五号証は自動車受領の日が三月一五日となつており、刑事判決も、そのように認定しているのであるが、そうすると前に述べた杉浦よりのオールズモビール一台の納入の日と同一になつて、その間つじつまが合わないことになる。原告使用人西原が自動車をみせに行つた日が土曜日であり、堂本に引渡した日が月曜日であることは確からしいから(証人早坂稔第一回証言調書第四六項。)このことからおしてゆくと、西原が自動車をみせるために保安大学校に行つた日は三月二〇日とみるのが正しいのではないか。ともあれ堂本は金二、三〇〇、〇〇〇円で自動車を保安大学校に納める契約があるのだからと原告に申し向けて、原告から原告所右のビユツク一台を金二、一〇〇、〇〇〇円で買受ける内約をとりかわした上、三月二〇日頃目的の自動車を原告使用人西原に運転せしめ、自らもこれに同乗して保安大学校にみせるためと称し、同校に赴いたものなのである。そして堂本は保安大学校において、かねての計画どおり、西原の面前で、早坂に契約の自動車を持参した旨申し述べ、葉原が、その自動車に試乗して、あたかも保安大学校が太陽産業株式会社に更に購入するものであるかのようにみせかけ、益々西原をして、その旨誤信せしめたのである。証人西原は本件自動車の売買は、原告と保安大学校の直取引である、太陽産業株式会社の名を用いたのは、早坂が保安大学校の取引は、同校に登録している商社とでなければ出来ないから、登録商社である太陽産業株式会社の名を用いろといわれたためであると供述する(証人西原広之証言調書第二一項)。およそ官庁で出入商人について登録制をとるものがあるのは、納入物品に瑕疵ある場合の補修、もしくは取替の確実性を担保しようとするがためである。従つて、物品納入後におこるかも知れないトラブルに対して、官庁がその相手の登録商社の責任を追及することができないような意味において単に形式上登録商社の名を使うということ自体がおかしいのである。早坂の西原に言つたところや、そして西原の諒解したところは、原告は自動車を太陽産業株式会社に売り、太陽産業株式会社の責任のもとに保安大学校に納入するということにあつたと解する外はない。現に西原は、自動車を見せに保安大学校に行つた時、自動車を原告会社から直接に保安大学校に納入することは出来ないと知つておつたので(乙第五証の二、二五一丁)、自動車売買に関する早坂と堂本との話しには自分は何等口出しをしなかつたといつているし(乙第五号証の二、二五三丁、二六〇丁)、原告と保安大学校との直取引にしてほしいと早坂に申出たけれども、それは駄目だと早坂から断られたとも言つている(乙第四号証の五、九八丁。乙第五号証の二、二五五丁)。そうすると太陽産業株式会社が保安大学校に自動車二台、金三、八〇〇、〇〇〇円を納入するもののように作られていた契約書を、原告の自動車一台分、金二、三〇〇、〇〇〇円の契約書に書き換えたのはどんな意味をもつものだろうか。証人西原は甲第一乃至第五号証は、自動車を保安大学校に納入した日に、早坂及び葉原から手渡されたかのように供述し、あたかも太陽産業株式会社という商号をもつて、原告会社の別名であるかのように言うのであるが、右甲号各証が作成せられて、原告の手裡に入つたのは、右自動車の引渡日より相当遅れている乙(第六号証の二、三七三丁。乙第六号証の三、四〇八丁。乙第六号証の六、四八三丁。第六号証の七、四九八丁。乙第六号証の八、五〇五丁。乙第六号証の一〇、五〇七丁)。従つて、右のような甲号各証の書面が作成せられたのは、原告代表者羽鳥が言つたところの要求、即ち太陽産業株式会社が保安大学校に納入する自動車は、原告会社のものであることを保安大学校で確認してくれているという事が判るように、一台分の契約書等を作つてもらいたいという要求を満足せしめる方法にすぎなかつたのである乙(第四号の五、九九丁)。

以上によつて、原告の被告に対する自動車売買代金の請求が的外れであることは明らかになつたことと思う。

第二、仮りに原告が被告に直接自動車を売つたものであるとしても、被告を代表してその衝にあたつたという訴外早坂には、被告のために物品を購入する権限はなかつたのであるから、この点からしても、原告の被告に対する自動車売買代金の請求は理由がない。

官庁における物品購入の権限は、支出負担行為担当官として任命された者のみが、これを有するものである。そしてこの権限を他の者に委任し、若しくは代理して行わしめる事は許されておらない。勿論、物品購入にあたつて、商人の色々の交渉は、支出負担行為担当官自らはせずに、部下職員をしてなさしめることもあろうが、それは支出負担行為担当官の単なる補助者としてであつて、その部下職員に物品購入の権限を委任若しくは代理して行わしめているものではない。補助者たる以上は、その者が、上司より命ぜられた事項の範囲内においてその者の為した行為は即ち権限ある上司の行為となるが、上司より命ぜられた事項の範囲を逸脱するときは、その行為は最早、上司の行為ではない。早坂は一予算係長とし、予算の編成、配分、支出負担行為計画に関すること、支出負担行為担当官の事務(これは予算差引の事務である)及び官印の管守にかんすることの事務を命ぜられていたに止り、物品購入に関する事務は命ぜられておらないし、また原告から自動車を購入する交渉を特に支出負担行為担当官から命ぜられていたという関係もない(証人曽我孝之、同秦勲の各証言調書参照)。

第三、原告が、訴外早坂に被告のために自動車を購入する権限があつたものと信じたからといつて、被告において自動車代金を支払わねばならぬ責任はない。

原告は、民法第一一〇条を援用して、被告に自動車代金二、三〇〇、〇〇〇円を支払うべき義務があるという。民法第一一〇条の適用ありというためには、(一)早坂に被告のために、ある程度の物品購入行為をなす権限があること。そして本件自動車の売買が右権限を踰越してなされたものであるという関係にあることを要し(二)右早坂を相手に直接取引の交渉にあたつた者が、早坂にその権限ありと信じたこと、又そう信ずることについて過失がなかつたことが必要である。

(早坂には被告のために物品購入の権限はない)第二項で述べたように、早坂は予算係長にすぎず、その職務の内客は予算の編成、配分、支出負担行為計画に関すること、支出負担行為担当官の事務、及び官印の管守に関することであつて、物品購入に関する事務とは無関係である。なるほど予算係も会計課の一係として物品購入事務と関連するところはあるけれども、補助者は、上司たる支出負担行為担当官の権限の一部を代理する地位にあるものではないから、その者がどんな行動をしようも、それに民法第一一〇条を適用する余地はない。

(原告が早坂に被告のため物品購入の権限ありと信じたことに重大なる過失がある)原告使用人たる西原広之は自動車をみせに保安大学校に行つたとき、早坂の予算係長の肩書のある名刺をもらつておる(証人早坂稔第一回証言調書第八項。証人西原広之証言調書第一三項)。予算係なる名称自体から、それが物品購入の係でないことはわかると思うが、仮りに堂本、早坂等の言動から、早坂が物品購入の係であると漫然と考えたというのであれば、軽卒も甚しいと言わねばならぬ。それに、その日堂本から見せられた金額三、八〇〇、〇〇〇円の契約書には、契約締結権限ある者の氏名として、総務部長曽我孝之の記名がある。そうすれば早坂の上司に、課長、部長のあることは知りうべきであるから、本件の如き多額の取引においてはせめて課長なりに会つて売買の真偽をたしかめることくらいは、当然になすべきことであつて、また通常商人ならば誰しもがなすところである。しかるに原告は何等かかる措置に出ることがなかつたということは、売主として過失があるものといわなければならない。

ところで原告が自動車を太陽産業株式会社に引渡すべく保安大学校に行つた日より前に、見せられたという契約書と、支払証明書について検討してみよう(これが甲第一、二号証と金額の点を除いてその他は同一内容のものであつたことは前に述べたとおりである)。およそ官庁における物品の購入は予算決算及び会計令に規定されているように、競争契約を原則とし、随意契約によることを得る場合に限られているのに、代金二、三〇〇、〇〇〇円に達する中古自動車の購入契約が、随意契約でなされ、それも目的自動車をみる前にできているというのであるから、当然その点に疑をはさんで然るべきである。それにその契約書自体で代金支払時期を定めることになつていて、代金は納品書をつけて物品を納入した後、支払請求書を提出し、それが受理されてから三〇日以内に支払われるものと明記してあるのだから、右契約書以外に支払証明書なるものは必要がない。必要のない書類が発行されることが、そもそも怪しい。仮りに、右支払証明書が特に代金支払時期を延期するという点に意味あるものとしても(証人西原広之証言調書第二〇項)、いまだ納品もしていない前に、支払証明書が発行されていることは何としても理解できない。原告にして、これらに思いを至すならば、一応課長なり総務部長に真偽を確める方途を必ずや講じた筈である。その他細い点をひろいあげれば、原告において本契約が怪しいと感付くであろう幾多の点がある。契約書作成年月日が昭和二八年三月と記入されていて年度が違うのみならず日の記入もないこと、支払証明書作成者が会計課長となつておつて、その職印の押捺があるのに、わざわざその部下である係長がその横に自己の氏名を記して、私印を押捺して、主客顛倒した奥書のようなことをしていること、印鑑証明書のような一般取引でも行われないような書面が、わざわざ作られている等である。

第四、被告は原告所有の自動車について、これを占有した事実はない。

被告が、ある物について占有を取得したといいうる為には、正規の契約により納入されて来た物品について、これを受領する権限のある者が受領したものであることを要する。本件自動車については前にみたように、それは正規の契約ではなかつたのみならず、葉原暹は管理課武器係として保安大学校の自動車の維持管理及び配車をなすだけで、納入物品を受領する係の者でもない。然らば葉原が原告から自動車を受取つたからといつて、被告が右自動車の占有を取得したとするいわれはない。ことに、葉原は被告のためにする意思で、原告から自動車を受取つたものではないのである。従つて被告が本件自動車の占有を取得したことを前提とする請求もまた失当といわねばならない。

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